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「ちょっと離れていてください」
そう注意を促して青島専務がパイプの栓をひねると、そこから水が吐出された。あまりの勢いに思わずこちらの足が下がる。元気なその水をコップに注いでもらい飲んでみると、水質は非常にやわらかくてまったく雑味を感じない。
南アルプスの奥を源流として、志太地方の地下にはこのような水脈が多く流れている。

「宝物ですね。この水があるからこうして酒造りができる。ずっと大事にしていきたいです」
なぜここで造られる「喜久醉」が旨いのか。いきなり答えの一つにたどり着いてしまったようだ。
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現在、青島酒造で酒を醸しているのは、青島秀夫社長の息子である孝専務だ。およそ8年前、アメリカの大学から日本に戻って以来ずっと喜久酔に携わってきた。
それまで喜久醉に磨きをかけてきたのは南部杜氏である富山初雄氏だった。昭和38年にここ青島酒造へやってきたというから、その歳月たるやなんと約40年。孝専務が生まれる1年前からこの蔵で酒を醸してきたことになる。
その富山杜氏のあとを昨年正式に受け継いだのが孝専務である。
「杜氏まかせという意味では肝心な部分をずっとアウトソーシングしていたんです。今までは製造を杜氏に一任していたが、経営者サイドが酒造りをおこなう。新しい蔵元の形をある種この業界のビジネスモデルにしたいんです」
富山杜氏も現役最後の大仕事として、40年間培った喜久醉のすべてを孝専務をはじめ蔵人たちに伝えた。
こうして現在、蔵人5名の平均年齢は20代。若い層での酒造りにより、この先20年、30年を見据えることができるようになった。
「従業員というより同士ですよ」
すっかり全国的に定着した喜久醉の品質を変えることなく提供できる体制は、富山杜氏の意志を継いだ者たちによりすでに整っているようだ。
新しいやり方を形成しつつ伝統の技をかたくなに守り、杜氏ではなく経営者が麹を振る。そこには喜久醉ブランドをよりハイクオリティーに維持していきたいと願う孝専務をはじめとした蔵人の意気込みが感じられる。
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